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富士山&和賀江嶋《鎌倉》 [風景]
2月になりました。このブログはやっと1月です。
1月7日、鎌倉の七福神めぐりに出かけました。
しかしその前に、今回の目的がもう一つ。富士山を見ることです。
電車の中から、7日の日の出。
鎌倉駅まで電車に乗って、鎌倉めぐりはテクシー![[くつ]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/92.gif)
![[くつ]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/92.gif)
![[くつ]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/92.gif)
約30分で、今回の富士山鑑賞のポイントです。
ン?あれ富士山?
引き寄せて、、、間違いなく富士山ですが、頭が![[もうやだ~(悲しい顔)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/143.gif)

後30分待てば綺麗に出るかも知れませんが、今日の目的は七福神めぐり、、、先を急がないと。戻る途中写した和賀江嶋.
その説明書き
また途中寄り道は光明寺。
浄土宗の大本山。鎌倉屈指の 巨刹だそうです。
そして・・・もう一度未練たらしく、海岸に出て富士山を見ると~少しだけ見えが良くなっていました![[わーい(嬉しい顔)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/140.gif)

次回に続きます。
1月7日、鎌倉の七福神めぐりに出かけました。
しかしその前に、今回の目的がもう一つ。富士山を見ることです。
電車の中から、7日の日の出。

鎌倉駅まで電車に乗って、鎌倉めぐりはテクシー
約30分で、今回の富士山鑑賞のポイントです。
ン?あれ富士山?

引き寄せて、、、間違いなく富士山ですが、頭が

後30分待てば綺麗に出るかも知れませんが、今日の目的は七福神めぐり、、、先を急がないと。戻る途中写した和賀江嶋.

その説明書き

また途中寄り道は光明寺。
浄土宗の大本山。鎌倉屈指の 巨刹だそうです。

そして・・・もう一度未練たらしく、海岸に出て富士山を見ると~少しだけ見えが良くなっていました

次回に続きます。
忠烈祠衛兵交代式 [風景]
12月の台湾旅行、最終回です。
台北のホテルへ戻って一泊、翌日は最終日。
忠烈祠へ衛兵交代式を見に行きます。
雨が降っていたら交代式は無いそうです。ギリギリセーフと言う感じの曇り空でした。
こちらの交代式では歩調がもの凄くゆっくり、30分近くかかります。1時間毎、あるそうですから兵隊さんが立ち番の時間は30分ですね。因みに中正紀念堂は5分で終わるそうで、立ち番は55分。ほとんど瞬きもしないで55分![[ふらふら]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/144.gif)
![[がく~(落胆した顔)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/142.gif)
まず門のほうから出てきました《多分これから任務に付く方々》。
向きを変えて忠烈祠のほうへ
勢揃いして
忠烈祠です。
交代して出てきました。
この後免税店でお買い物タイム・・・
松山空港へ向かいました。
空港で写した写真。



飛行機の窓に付いた雪?の結晶。
そして5日ぶり位に見た夕焼け。台湾にいた間一度も日が照りませんでした![[ちっ(怒った顔)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/141.gif)

永い間ご覧頂いてありがとうございました。
次回から鎌倉です。
台北のホテルへ戻って一泊、翌日は最終日。
忠烈祠へ衛兵交代式を見に行きます。
雨が降っていたら交代式は無いそうです。ギリギリセーフと言う感じの曇り空でした。
こちらの交代式では歩調がもの凄くゆっくり、30分近くかかります。1時間毎、あるそうですから兵隊さんが立ち番の時間は30分ですね。因みに中正紀念堂は5分で終わるそうで、立ち番は55分。ほとんど瞬きもしないで55分
まず門のほうから出てきました《多分これから任務に付く方々》。

向きを変えて忠烈祠のほうへ

勢揃いして

忠烈祠です。

交代して出てきました。

この後免税店でお買い物タイム・・・
松山空港へ向かいました。
空港で写した写真。




飛行機の窓に付いた雪?の結晶。

そして5日ぶり位に見た夕焼け。台湾にいた間一度も日が照りませんでした

永い間ご覧頂いてありがとうございました。
次回から鎌倉です。
野柳《台湾》 [風景]
12月に旅した台湾、続いています。
本日は前回の九份よりもう少し北の海辺、翡翠湾に面している野柳です。
野柳は侵食や隆起によって出来た奇岩、怪石が有名です。
画像を見ていただくのが一番早いかと。
駐車場でバスを降りて↓こんな道を海辺に向かって歩きます《そうそ、ここは有料です》
広いので全体は写せませんが、こんな風な奇岩、怪石が広がっています。
赤い色の石は柔らかく侵食を受けやすく、黒い石は硬いので受けにくい。それでこう言う風に奇岩が出来上がっていったようです。
波の力は強いので日々刻々、少しずつ形は変わるのでしょうね。
柔らかいと言ってもやはり岩、人が歩いても大丈夫。
蝋燭立て。
サンダル《わらじと聞きましたがわたくしにはサンダル》と地球。下には大きく写したのを貼っておきました。


女王の岩。これが結構有名らしいです。
その他、象さんだとか、ねずみ岩などもあるようです。
この下は海を見て・・・東シナ海方面。

ここの見学を終えたら台北へ戻り、お茶セミナー、夕食《この日はお客さんのリクエストでしゃぶしゃぶ》そしてホテルへ戻りました。
次回は衛兵交代式です。
本日は前回の九份よりもう少し北の海辺、翡翠湾に面している野柳です。
野柳は侵食や隆起によって出来た奇岩、怪石が有名です。
画像を見ていただくのが一番早いかと。
駐車場でバスを降りて↓こんな道を海辺に向かって歩きます《そうそ、ここは有料です》

広いので全体は写せませんが、こんな風な奇岩、怪石が広がっています。
赤い色の石は柔らかく侵食を受けやすく、黒い石は硬いので受けにくい。それでこう言う風に奇岩が出来上がっていったようです。
波の力は強いので日々刻々、少しずつ形は変わるのでしょうね。

柔らかいと言ってもやはり岩、人が歩いても大丈夫。

蝋燭立て。

サンダル《わらじと聞きましたがわたくしにはサンダル》と地球。下には大きく写したのを貼っておきました。



女王の岩。これが結構有名らしいです。

その他、象さんだとか、ねずみ岩などもあるようです。
この下は海を見て・・・東シナ海方面。


ここの見学を終えたら台北へ戻り、お茶セミナー、夕食《この日はお客さんのリクエストでしゃぶしゃぶ》そしてホテルへ戻りました。
次回は衛兵交代式です。
九份《台湾》 [風景]
12月、台湾に旅した日々の続きです。
龍山寺の後は、民芸店へ寄って、九份へ行きました。
九份・・・映画で一躍脚光を浴びたとか。わたくしの知らないことですが、ここのお話を少し。
かなり昔の事だそうですが、ここに九軒の家族が住んでいたそうです。毎日高いところから下に買い物に下りるのは大変だから、一軒のうちが 九軒分の買い物をしてくれば、九日に一回買い物に下りれば良いと言うことになったそうです。そこから九份という知名になったと、ガイドさんのお話でした。
またここは、金が産出されたことでも有名だそうで、日本の統治時代がその最盛期、ゴールドラッシュのように人が集まり人家が増えたようです。
日本の統治時代も終わり、金が産出されなくなるにつれ、ここも忘れられた存在だったようですが、冒頭に書いたように映画で一躍脚光を浴びて、だんだん観光地化されたそうです。
まず、専用バスでかなり高いところまで上がってきます。
帰りに写した写真ですが、、、
階段を上がります。《わたくしたちは、この階段を使わず坂をくねくねと・・・足の悪い方がいらっしゃって》そんなわけで、ここも帰りに写しています。
上に上がって見た東シナ海側、お天気が悪く全然ダメでした。
で、その九份に何があるかと言うとお店。昔日本にもあったような《今もある?》市場のようなお店がありました。
人ごみが凄いです。

これは‘肉餡’だそうです。
こちらは現在レストランのようです。日本語が見えます。
次回は野柳です。
龍山寺の後は、民芸店へ寄って、九份へ行きました。
九份・・・映画で一躍脚光を浴びたとか。わたくしの知らないことですが、ここのお話を少し。
かなり昔の事だそうですが、ここに九軒の家族が住んでいたそうです。毎日高いところから下に買い物に下りるのは大変だから、一軒のうちが 九軒分の買い物をしてくれば、九日に一回買い物に下りれば良いと言うことになったそうです。そこから九份という知名になったと、ガイドさんのお話でした。
またここは、金が産出されたことでも有名だそうで、日本の統治時代がその最盛期、ゴールドラッシュのように人が集まり人家が増えたようです。
日本の統治時代も終わり、金が産出されなくなるにつれ、ここも忘れられた存在だったようですが、冒頭に書いたように映画で一躍脚光を浴びて、だんだん観光地化されたそうです。
まず、専用バスでかなり高いところまで上がってきます。
帰りに写した写真ですが、、、

階段を上がります。《わたくしたちは、この階段を使わず坂をくねくねと・・・足の悪い方がいらっしゃって》そんなわけで、ここも帰りに写しています。

上に上がって見た東シナ海側、お天気が悪く全然ダメでした。

で、その九份に何があるかと言うとお店。昔日本にもあったような《今もある?》市場のようなお店がありました。

人ごみが凄いです。

これは‘肉餡’だそうです。

こちらは現在レストランのようです。日本語が見えます。

次回は野柳です。
中正紀念堂と龍山寺《台北・台湾》 [風景]
12月の台湾旅行に戻ります.。
台南を新幹線で出発。約2時間弱で、台湾の首都、台北へ到着です。
時刻は既に夕方、夕食を済ませホテルへ入り、観光は翌日からです。
朝一番に行ったのは中正紀念堂。
故蒋介石総統《わたくしの印象では奥方、宗美齢も》を偲ぶために建てられた純中国式の巨大な建物。敷地面積は25万平方キロメートルあります。

↑台湾の方々にとって、果たしえどういう意味があるのか、、、
庭にあったので写してみました。
藍鳥と言ったと思います。庭で見つけました。
次には車窓から総統府を見学するつもりでしたが、デモ隊がいて近づけませんでした。
次に行ったのは龍山寺です。
龍山寺は1738年建立、台北市最古の仏教と道教のお寺。
↑門
↓本堂
こちらは観光客ばかりでなく、むしろ信者のほうが多いです。
台湾に来て認識したひとつがこの信仰心です。
この日はたまたま休日でしたが、平日も結構お参りに来る人が多いようです。
次回に続きます。
台南を新幹線で出発。約2時間弱で、台湾の首都、台北へ到着です。
時刻は既に夕方、夕食を済ませホテルへ入り、観光は翌日からです。
朝一番に行ったのは中正紀念堂。
故蒋介石総統《わたくしの印象では奥方、宗美齢も》を偲ぶために建てられた純中国式の巨大な建物。敷地面積は25万平方キロメートルあります。


↑台湾の方々にとって、果たしえどういう意味があるのか、、、
庭にあったので写してみました。

藍鳥と言ったと思います。庭で見つけました。

次には車窓から総統府を見学するつもりでしたが、デモ隊がいて近づけませんでした。
次に行ったのは龍山寺です。
龍山寺は1738年建立、台北市最古の仏教と道教のお寺。

↑門
↓本堂

こちらは観光客ばかりでなく、むしろ信者のほうが多いです。

台湾に来て認識したひとつがこの信仰心です。
この日はたまたま休日でしたが、平日も結構お参りに来る人が多いようです。
次回に続きます。
菜の花《吾妻山》 [東海道沿線]
前回の続きです。
本来ならこの右手の方に富士山がありますが、今回は雲も厚く無理でした![[もうやだ~(悲しい顔)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/143.gif)

こちらは小田原方面でしょうか?
小雪が舞い始めました。
富士山は諦めて、菜の花を写します。



この後、鎌倉へ寄って帰りました。
鎌倉の写真は、七福神めぐりと一緒にアップします。
本日は、早朝より山に出かけます。![[くつ]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/92.gif)
コメント欄は閉めさせていただきました。
皆様のところへのご訪問も明日以降になると思いますが、ご容赦のほど。
本来ならこの右手の方に富士山がありますが、今回は雲も厚く無理でした

こちらは小田原方面でしょうか?

小雪が舞い始めました。

富士山は諦めて、菜の花を写します。




この後、鎌倉へ寄って帰りました。
鎌倉の写真は、七福神めぐりと一緒にアップします。
本日は、早朝より山に出かけます。
コメント欄は閉めさせていただきました。
皆様のところへのご訪問も明日以降になると思いますが、ご容赦のほど。
昨日朝、予約投稿が間違って4時間30分ばかり、この記事がアップされてしまいました。
ご訪問いただいた皆様、大変失礼いたしました。
ご訪問いただいた皆様、大変失礼いたしました。
スイセンなど [東海道沿線]
割り込み記事です。台湾は二回ばかり休ませていただいて、お花と風景の記事です。
1月14日、大磯のお隣の二宮、吾妻山公園へ菜の花を見に行きました![[ぴかぴか(新しい)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/150.gif)
天気予報は晴れ
、でも実際はそれほど良いお天気でもなかったです![[曇り]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/2.gif)
![[雪]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/4.gif)
JR二宮駅で下りて市役所口(?)の方から登りました。
この階段が結構長いです(ヨイショヨイショ)頑張ります。
直ぐスイセンの群落が見えてきました。
スイセンとロウバイ
そしてロウバイのアップ
レンギョウも咲いていました。
寒椿です。
上の芝生広場に到着して、相模湾の方向です。釣り船だと思います。
肝心の菜の花の画像は次回にします![[パンチ]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/153.gif)
1月14日、大磯のお隣の二宮、吾妻山公園へ菜の花を見に行きました
天気予報は晴れ
JR二宮駅で下りて市役所口(?)の方から登りました。

この階段が結構長いです(ヨイショヨイショ)頑張ります。
直ぐスイセンの群落が見えてきました。

スイセンとロウバイ

そしてロウバイのアップ

レンギョウも咲いていました。

寒椿です。

上の芝生広場に到着して、相模湾の方向です。釣り船だと思います。

肝心の菜の花の画像は次回にします
延平郡王祠と新幹線《台湾》 [風景]
12月の台湾旅行の続きです。
天壇の次に行ったのは、ここも鄭成功にまつわる色々が展示してある延平郡王祠です。
入り口です。
入り口を入ったらリスと遭遇。そしてガジュマロの木です。

全体の写真です。
内部です。鄭成功が生まれたところ、平戸の写真や、神輿なども展示されていました。


こちらは母方の田川家の何か祀ってありました。
ここの見学を終えたら、次は新幹線で最後の観光地、台湾の首都である台北へ向かいます。
台南にある新幹線駅です。
新幹線です。


次回はちょっと旅日記はお休みして、国内の旬の画像をお届けします。
天壇の次に行ったのは、ここも鄭成功にまつわる色々が展示してある延平郡王祠です。
入り口です。

入り口を入ったらリスと遭遇。そしてガジュマロの木です。


全体の写真です。

内部です。鄭成功が生まれたところ、平戸の写真や、神輿なども展示されていました。



こちらは母方の田川家の何か祀ってありました。

ここの見学を終えたら、次は新幹線で最後の観光地、台湾の首都である台北へ向かいます。
台南にある新幹線駅です。

新幹線です。



次回はちょっと旅日記はお休みして、国内の旬の画像をお届けします。
台南《台湾》 [風景]
12月の台湾旅行を掲載中です。
高雄の市内見学を終えたら、バスで台南へ移動です。
左のブーゲンビレアはバスの車窓から写したもの。
やはり南国と言う印象ですね。
台南へ着いたらまず昼食でした。
昼食後観光です。
最初に行ったのは赤かん楼です。
台南と言うのは17世紀半ばから約220年間、都が置かれていたため、台湾の政治、文化商工業の発祥の地でもあるようですね。
赤かん楼はその頃、オランダ人によって建てられたもので、現在国家一級古蹟に指定されています。
現在は鄭成功の功績《この地をオランダ人から奪還した?》などが書かれて納められています。
下の三枚目の写真は、オランダ人が鄭成功に頭を下げているところだそうです。
因みに鄭成功は平戸生まれで母親《田川松》を日本人に持つ ハーフです。


次に行ったのが天壇ですが、ここはガイドさんも特に説明されたわけでなく、何となく見ただけでよく分かりませんでした。
ただ非常に華やかな印象のお寺さんでした。
外から見たところ
その天壇の直ぐそばにあった、旧日本家屋、お手入れは全くされていませんが、そのまま残っていました。
何となく気になる家でした。
次回も台南の観光地です。

高雄の市内見学を終えたら、バスで台南へ移動です。
左のブーゲンビレアはバスの車窓から写したもの。
やはり南国と言う印象ですね。
台南へ着いたらまず昼食でした。
昼食後観光です。
最初に行ったのは赤かん楼です。
台南と言うのは17世紀半ばから約220年間、都が置かれていたため、台湾の政治、文化商工業の発祥の地でもあるようですね。
赤かん楼はその頃、オランダ人によって建てられたもので、現在国家一級古蹟に指定されています。
現在は鄭成功の功績《この地をオランダ人から奪還した?》などが書かれて納められています。
下の三枚目の写真は、オランダ人が鄭成功に頭を下げているところだそうです。
因みに鄭成功は平戸生まれで母親《田川松》を日本人に持つ ハーフです。



次に行ったのが天壇ですが、ここはガイドさんも特に説明されたわけでなく、何となく見ただけでよく分かりませんでした。
ただ非常に華やかな印象のお寺さんでした。

外から見たところ

その天壇の直ぐそばにあった、旧日本家屋、お手入れは全くされていませんが、そのまま残っていました。
何となく気になる家でした。

次回も台南の観光地です。
高雄市内見学《台湾》 [風景]
12月の台湾旅行を掲載中です。
本日は地図から。
一日目グリーンの線のところを列車移動《松山から花蓮》
二日目オレンジの線のところを列車移動《花蓮から高雄》
本日の記事はその高雄の街です。
午後ピンクの線のところをバス移動《高雄から台南》
始めの写真は、ホテルの窓より市内です。
では朝食後、市内観光。
最初に訪れたのは、五甲龍成宮です。歴史的なことは分かりません。
その名のごとく、龍が彫られたり描かれたり。
内部です。
次に行ったのは現在、寿山公園と言われているところ。高雄忠烈祠です。
日本統治時代は高雄神社がありました。日本統治時代、各町に神社を建造したそうで、現在残っているのは桃園県と言うところにに桃園神社だけだそうです。

高雄神社時の名残が一つだけ。
←大東亜戦争完遂祈願?《日本の文字ですが読めません![[もうやだ~(悲しい顔)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/143.gif)
そしてそこで見つけたお花、名前は分からないです。
昔神社が建っていたところに建て直されて忠烈祠
後ろ向いて海を見たところ
ここの見学後は龍虎塔のある蓮池たんです。
ここでは龍の口から入って虎の口から出てきます。それによって危険から脱出する、と言うことらしい。
蓮池たんです。
台南も予定していましたが、写真が多くなり過ぎるので次回にします。
本日はちょっと忙しいので、コメント欄は締めさせていただきました<(__)>
本日は地図から。
一日目グリーンの線のところを列車移動《松山から花蓮》
二日目オレンジの線のところを列車移動《花蓮から高雄》
本日の記事はその高雄の街です。
午後ピンクの線のところをバス移動《高雄から台南》

始めの写真は、ホテルの窓より市内です。

では朝食後、市内観光。
最初に訪れたのは、五甲龍成宮です。歴史的なことは分かりません。
その名のごとく、龍が彫られたり描かれたり。

内部です。

次に行ったのは現在、寿山公園と言われているところ。高雄忠烈祠です。
日本統治時代は高雄神社がありました。日本統治時代、各町に神社を建造したそうで、現在残っているのは桃園県と言うところにに桃園神社だけだそうです。

高雄神社時の名残が一つだけ。
←大東亜戦争完遂祈願?《日本の文字ですが読めません
そしてそこで見つけたお花、名前は分からないです。

昔神社が建っていたところに建て直されて忠烈祠

後ろ向いて海を見たところ

ここの見学後は龍虎塔のある蓮池たんです。
ここでは龍の口から入って虎の口から出てきます。それによって危険から脱出する、と言うことらしい。

蓮池たんです。

台南も予定していましたが、写真が多くなり過ぎるので次回にします。
本日はちょっと忙しいので、コメント欄は締めさせていただきました<(__)>
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